2011.05.15 Sunday
関係/距離
リスクヘッジしながらそれを感じさせず適切な距離感を保つこと、が正攻法。ときには感情をぶつけることも、「誠実さ」のひとつ。
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2011.05.08 Sunday
あたりまえのこと
「変化に対応していく」何らかの潮流に対応関係にある職種においてこれは大事なこと。
・自身が置かれている市場の動向をきちんと見極めること ・それに適したスタンスをとること 例えば、いま自身に必要なことは、モノをつくる、から仕組みをつくることへのシフトチェンジ。 2011.05.02 Monday
DRAFT
20代中旬のテーマはユーモアと多面的である事。
経験から習ったもの// 大学は多様性を。 旅行は自身が相対的な存在であることを。 芸術や音楽は言葉で言い表せないものを。 20代後半に向けて、成長促進という意味で利己的にいく。 存在論的に。 2011.02.20 Sunday
自由を考える
自由と社会システムの話。例えば、これが羊の群れだとすると。
群れからはぐれて冒険に出た羊は、スタイルとしての自由を手に入れることになるのでしょうね。
これから、20代後半〜30代を迎えるにあたって、自身のライフスタイル、こうなりたい像、パートナー(恋人・友人)、など考える。 2010.12.31 Friday
変わりゆくものと変わらないもの
人生哲学は歳をおう毎に抽象度を増して普遍性を高める。良くも悪くもたくさんの面を刻む、つまり角がとれる。防衛力を高める。
過渡期ではあるが、いまのところ間違ってはいないと思いたい。 同時に懐疑的であること。これだな。 2010.11.28 Sunday
キヤノン写真新世紀@東京都写真美術館
最終日、写真新世紀を観てきた。
学生や駆け出しの作家のものを、いま一番熟れている写真家や評論家が選ぶスタイルーつまり、日本の写真界のメインストリームと次世代の潮流が予測できる展覧会。 展示されているのは、素人・セミアマのフォトブック。それが、生々しくてすごくよかった。今後、彼/彼女らが売れてしまったら中々みえるものでもない。 今回、すごく良かったのが、柴田寿美氏の作品。 女子高生がいつもの風景を撮ったようなもの。 まず距離感が良かった。 「自然な距離感」にカメラがあって、かつそれを感じさせないというのは相当な技術。技術というよりカメラを生活化させてないとできない、もはや技巧の問題ではない。でもこれは毎日カメラを持っている人たちなら大抵クリアしている。例えば、写真ブログをやっているお父さん・お母さん、など。 次に、距離感×被写体が良かった。 写真は被写体と撮影者の関係性によって文脈が大きく異なる。女子高生はいつだって写真が大好きです。でも自らがドキュメンタリーの対象にはなりたくありません。写真を見た瞬間、撮っているのは女子高生なのかな、と思った。そういう意味で、新世紀はココまできているのか、と思った。柴田さんが高校生の頃とったものだとしても、卒業後にわざわざ撮りにいったものだとしても、あの被写体とのグルーブ感は出せない。 仮に、これが男性の作家だとすると、同じように距離感を詰めれても、ものすごく支配的になるはず。もしくはセックス写真。それはさておき。 最後に、表層的にビジュアルが素晴らしかった。 光の感じ、ボケ方、オブジェ、表情。記念でも記録でもなく、自分自身で昔をエモーショナルに懐かしむツールとしての写真。その「昔」が一ヶ月前でも一年前でもいいのです。 ロランバルトが言った「それは・かつて・あった」、現代の写真と言うメディアにおける全てがここに集約されていると思う。これの実践事例をイマドキの女の子がその論やアカデミックな背景を知ってか知らずか、やってのけた。新世紀、それはもはや、ポストモダンではない。 2010.05.09 Sunday
それからはスープのことばかり考えて暮らした/吉田篤弘
下高井戸に住んで丸二年経過。充実した環境と人と人が繋がるローカルな商店街に満足しています。
今回紹介する本を読み進めていくうちに、どうもこの辺に点在する施設(路面電車や映画館や教会や銭湯)などがチラホラ出てきて、でも映画館も教会も銭湯も吉田篤弘の作品だと頻出しそうなエッセンスなので確信できなかったのだけれどそれが同じ路線で繋がったときに、これは松原辺りだなと確信。ぐいぐい引き込まれて読んだ。
下高井戸、松原、山下、経堂あたり在住の方は必読! |
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